トップ アイコン     裁判支援ビラ 県庁前配付
2000年3月16日
カウンタ
from 2000/3/16

 3月16日、恩寵園卒園生3名と支援の大人達2名が集まり、雨天の中、千葉県庁前でビラまき(1100枚)をしました。雨にも関わらず、快くビラを受け取って下さった千葉県職員の皆様、ありがとうございました。
8時00分 
県庁前集合の予定が、誰も来ていない。一人でビラ配付開始。
TBSが撮影に来ました。
8時10分
子どもサポートネットから一人参加。
8時40分
子どもたち到着。 #ダメだよ、時間に遅れちゃ(▼▼)
県職員の受け取りもよく、「がんばって下さい」「応援してます」「カンパしました」と、チラシを受け取るときに小さな声で言って下さる方もいて、感激しました。
9時10分
雨の中の少人数にも関わらず、1100枚配付し、ビラまきを終了しました。

社会部長に挨拶に行きましたが、議会のため不在ということで、参事に「職員で読んで下さい」と、残ったビラを70枚ほど手渡しました。

3/16(木)駅前配布ビラ 県庁バージョン
(MS-WORDファイル 35KB) ダウンロードして、両面に印刷し、お知り合いに配っていただけると嬉しいです。

私たちは、大浜浩前園長と千葉県に謝ってもらうために
裁判を起こしました。応援して下さい。


 私たち恩寵園の卒園生は、3月10日、大浜浩恩寵園前園長・恩寵園理事会・千葉県に対し、損害賠償請求裁判を起こしました。児童養護施設で虐待を受けた子どもたちが、施設を出たあと裁判を起こすのは、日本の児童福祉において画期的な出来事なのです。

 児童養護施設とは、親が育てられない子どもや、親から虐待を受けている子どもが生活する場所です。私たちは、養護施設で、安全に健やかに生活したいのです。ところが、恩寵園では、殴る・蹴るが日常茶飯事で、私たちは、常に誰かが殴られ、次は自分が蹴られるのかと、怯えて暮らす毎日でした。ちょっと廊下を走っただけで24時間食事もなしに正座をさせられたり、些細ないたずらで手を切られ出血したり、乾燥機に入れられたりと、体罰というより、虐待・拷問のような仕打ちを受けていました。

また、仲間が体罰を受けている姿を見ることを強制されていました。そして、それが普通の生活であると思い込まされていました。私たちには、殴られたくないのです。ご飯を食べさせてもらいたいのです。学校に行かせてもらいたいのです。いつも、園長の顔色を伺い、殴られないように、蹴られないように怯えて暮らす毎日でした。

 そして、4年前に耐えきれずに13人の子どもたちが集団で脱走しました。ところが、千葉県は虐待の事実を知りながら、園長をやめさせようとせず、私たちを追い返しました。私たちを守ってくれた保母も全員退職しました。園長に抵抗した私たちは、園長のでっち上げで教護院に出されたり、親が育てられる状況でないのに親元に返され、親が逃げだし15歳で一人暮らしをしたり、高校に行かせてもらえず中卒で就職したり、全員追いだされるように恩寵園を出ていきました。
 このように、長い間、虐待されつづけた私たちは、過去の虐待を謝ってもらおうと裁判を起こすことにしました。大浜浩前園長だけでなく、虐待園長を雇いつづけた社会福祉法人と、虐待の事実を知りながら放置していた監督責任のある千葉県も、一緒に訴えました。

 これから、長い裁判が始まります。私たちの権利を回復するための裁判です。人として、してはならないことをした大浜浩、子どもたちを助けようとせず、見

殺しにした千葉県に謝ってもらうための闘いです。
ぜひ、皆様のご支援をお願いいたします。子どもたちに、「悪いことをしたら罰せられる」「人を殴ってはいけない」ということを、子どもたちに教えてください。

             恩寵園卒園生有志

あのとき、千葉県が話を聞いていれば・・・

恩寵園の元指導員で、大浜浩前園長の次男の大浜晶(31才)が強制わいせつの容疑で、3月8日に逮捕されました。2年前に小学校の女の子の体を触ったりした疑いが持たれています。それ以前から、子どもたちの間では、大浜晶のいやらしいことは、有名でした。大浜晶がポルノ雑誌を子どもたちに見せたこともありました。
子どもたちは、4年前に逃げだしたとき、千葉県の職員に「大浜晶がいやらしいことをする」と訴えました。
ところが、千葉県は何もしませんでした。もし、そのときに千葉県の職員が動いていたら、今回の性虐待は起きなかったと思います。わいせつ指導員を知っていながら放置した千葉県は共犯といってもいいでしょう。

施設内の性虐待−イギリスでは

極刑が存在しない英国では、施設や里親託置でケアを受けている子どもへの性虐待は、被害児一人につき終身刑一つが下る程深刻な犯罪です。
数年前、5つの終身刑と懲役百数十年の刑をまとめて受けた児童ホームの施設長がいました。自分のケアの下にある複数の子ども達を性的/身体的/情緒的に虐待したからです(レスタシャー県フランク・ベック事件)。
心に傷を負い公的ケアを受けている子どもたちへの虐待は、いかなる形であれ断じて赦すべきではない、人間 が犯しえる最も深刻な犯罪という認識があるからです。


(裏)

 私達、卒園生の多くは園を出た後園に遊びに行った事はありません。一緒に暮らした弟や妹に会いたくて訪ねた卒園生もいます。でも園の玄関から一歩も入れてもらえないのです。先日も、皆で園に行きました。でも玄関で追い返されました。
 僕たちは数年の者から長くて15年以上も恩寵園で暮らしてきました。子ども時代を思い出すと、いつも恩寵園の中の食堂や、グループに分けられた部屋を思い出します。
 僕たちは、恩寵園での生活は虐待の日々で楽しい思い出はありません。でもみんなで暮らしたあの日々がたった一度の子ども時代なのです。
 児童養護施設で暮らす子ども達は、施設で生活することから既に親や、家族と離れることになり、気持ちが塞ぎます。
 恩寵薗で暮らす子どもたちが、どうすれば、楽しく、いい思い出の恩寵園時代を過ごせるのかは僕たちが一番よく知っています。
 卒園後一度も会っていなかった卒園生が、今やっと連銘を取り合えるようになりました。
僕たちは、恩寵園にあそぴにいける、思い出の場にいける園にしたいと願っています。
みんなが遊びにいける施設つくりに協力させて下さい。

暮らしてきた僕たち、生活している子ども達の声を聞いて下さい。
そして、いつか地域の人もみんな僕たちの施設に遊びに来てください。

生まれ変わった恩寵園は、こんな施設になって欲しい

 私たちは、恩寵園で暮らしていたとき「殴られるのが当たり前」「怒鳴られるのが当たり前」「何日も正座させられるのも当たり前」と思っていました。
 でも、裁判を起こす前に他の施設に行ってみて、「こどもたちの表情が違う」「こどもたちの話し方が違う」「緊張しているこどもがいない」ことなどに驚き、今までの「施設」に対して抱いていたイメージが崩れて混乱しました。近い将来、恩寵園がこんな施設になったらいいなと思っています。
                                    恩寵園卒園生有志

★暴力は、絶対なくす。
★子どもたちに、いやらしいことをしない。
★子どもの心を傷つける言葉を言わない。
★自由行動も可能で、好きなときに外出してもよい。
  (もちろん門限は守るよ)
★おこづかいを同年代の子と同じくらいにして、自由にもって歩ける。
★友達の出入りも可能にする。
★施設の規則をこどもと一緒に考える。
★夕食の時間が4時45分と早いので、夜にはお腹がすいて困ります。もっと遅くして欲しい。
★門限や就寝時間も同年代の子と同じにして、学校の友達ともっと長く一緒にいられたり、テレビドラマの話などについていかれるようにする。
 (恩寵園の就寝時間は中高校生も夜8時だった)
★卒園生や近所の人が気軽に立ち寄れるような開放的な雰囲気にする。
★希望すれば全員高校に行けるようにする。

カ ン パ の お 願 い


 私たちの仲間は未成年者が多く、中卒で放り出され、保証人がいないため正式な就職もできず、アルバイトをしながら不安定な生活を強いられています。これから裁判の間中、仕事を休んで裁判に出ることになります。このようなビラを作ったり、裁判所への交通費なども大変な金額になります。私たちには、お金がありません。出してくれる親もいません。自分たちでお金を作らなければなりません。私たちの裁判を応援して下さる方は、カンパをお願い出来ないでしょうか。お気持ちでけっこうです。よろしくお願いします。

 郵便振替 00190−3−168955 恩寵園の子どもたちを支える会