トップ アイコン     新しい恩寵園を
子どもたちと共に考える市民集会

2000年3月19日
カウンタ
from 2000/3/21

 3月19日、千葉子どもサポートネット主催の標記集会が船橋市習志野台公民館で行われました。恩寵園最首理事長、佐藤喜美子千葉県社会部長、厚生省担当官に出席を要請したのですが、所用で出席していただけませんでした。
 恩寵園卒園生5名と参加者45名で、新しい恩寵園について議論を交わしました。集会の後、希望者を連れ、歩いて5分の恩寵園まで行きました。めぐみ保育園と大浜幼稚園に挟まれた恩寵園は、夜間には人通りもなくなり、中で行われることは、外部には聞こえにくいと、納得いたしました。(職員によると、今は虐待は行われていないそうです)
 会場でのカンパは20,613円でした。ありがとうございました。マスコミは、テレビ局1社、新聞5社が来ていました。
12時00分 
会場設営
13時30分
  • 「恩寵園の子どもたちを支える会」代表浦島氏より、2/16千葉県警の強制捜査以降の経過について報告。
  • 山田弁護士より、損害賠償請求裁判について報告
  • 卒園生が、休園阻止についての活動の報告、恩寵園での虐待について報告、園長を辞めさせて欲しいと県庁に行った話などをした。
  • 会場との質疑応答
    別の養護施設出身者が、自分の養護施設での体験を報告。基本的に食事の時間、就寝時間、テレビなどは、決まっていず、各寮で話し合って決めるとのこと。外出も行き先を告げれば、基本的に自由であること。高校生では、断れば外泊も自由であること。
    続いて、恩寵園の卒園生が生活スケジュールを答えた。起床6時、7時まで掃除、7時半までに朝食を済ませ、園を出て学校に行く。3時に帰寮し、おやつ。クラブは週1回の必修クラブのみ参加OK。専門クラブは一切は入れない。4時から掃除。4時半夕食。6時半までにお風呂。7時半まで勉強時間。8時に就寝(小中高生全員)。夕食時間が早いので、夜にお腹がすいてたまらなかった。テレビは土日の夕方のみ。電話は保母立ち会いの元。手紙は全て開封されいた。親からの手紙が届かないことも。外出は、原則禁止。
  • 会場から、20年以上前の卒園生が発言。自分たちの時は5時半起床だった。
  • 13年前の卒園生。
    5時20分に起きて、早朝の風呂掃除。マラソンやラジオ体操のため、いつも早く起こされた。女子は炊事を手伝わされるため、3分で朝食を食べ、学校に行く。口で注意せず、いつもいきなり叩かれた。毎日のため、何も感じなくなった。学校でも、いじめられた。昼休みに遺書を書き、トイレで手首を切ろうとしたが、手がふるえ切れなかった。担任が聞いてくれたが、園長に筒抜けで、殴られ、「死にたいなら死ね」と言われた。生き地獄だった。今でも、夢にうなされ、一生消えない。
16時30分
希望者を連れ、卒園生の案内で恩寵園に向かう。大浜幼稚園の立派な建物に驚く。敷地内の大浜浩園長の自宅を教えてもらう。
17時30分
解散

大浜幼稚園
恩 寵 園
めぐみ保育園
恩寵園内にある
大浜浩の家

1、2月16日千葉県警強制捜査以降の経過
            恩寵園のこども達を支える会 代表 浦島佐登志


2.16 午前 県警、恩寵園に強制捜査。実況見分と事情聴取。
午後 千葉県が田中衛理事長を呼び勧告書を渡す。
3時 社会部長が記者会見。勧告内容の発表(園長の解職を含む)。これまでの不手際を謝罪。
    園長の辞意が公表された。
4時 支える会、記者会見
月日不詳
 法人幹部「勧告を受け入れなかった場合は県から閉鎖命令が出される可能性がある。」と虚偽の説明。(3。4読売)
2.23 県が厚生省に呼ばれ、「道義的に理事会の残留は認められず、理事全員の辞職を要求。
県はこれを受諾、法人幹部に伝える。
2.24 理事長田中、県を訪れ、理事会7名の辞職を申し入れ。
その際に口頭で休園の方針を県に伝える。県は「こどもが在籍しており、職員もおり、急な休園は受け入れられない」とコメント。
月日不詳
現職員に廃園方針の通告。現職員に解雇通告。職員達が自力で調査したところ法人に騙されていたことが判明。
2.28 旧理事長田中衛と新理事長最首一雄弁護士による記者会見。
「体罰は一切なかった。」「休園を前提とする廃園方針は、外部勢力による困難を避けるため。」
千葉県は公文書として、休園方針をやむを得ないと判断。
(土・日を挟むたった4日間で、基本方針が転換)
2.29 休園反対を求めて支える会、厚生省と千葉県に要請行動。卒園生一名も同行。
4月1日段階での措置が確保できない状況での休園・廃園方針は児童福祉法違反。憲法に定める生存権の保障の違反に当たると訴える。
3. 1 厚生省、県を呼び、こどもの生活が確保されていない状態での休園は認められない。
理事会の言う混乱も休園の理由にならない。とにかく改善計画を出させることが重要と説明。県も了承。
3. 2 県が新理事会を呼び、休園方針を認めない事、早急に改善計画を提出するように申し入れる。
一方で「万が一のことを考え、在園の子ども達の措置変更等の下準備に取りかかり始める。」
3. 3 恩寵園職員有志、「休園決定の取下げを求める」要請書を提出。
この間法人側から虚偽の説明を受けていた事を表明。「だまされていた」ことがわかり、こども達を守るため、立ちあがる事を決意。
3. 5 支える会、卒園生「休園反対」を求めて行動を開始。
船橋駅・北習志野駅でビラ撒き。最首新理事長宅へ休園反対の申し入れ。恩寵園へ行き、在園生と交流。
3. 6 千葉駅で支える会と卒園生によるビラ撒き。
 
3. 7 支える会と卒園生、県庁前早朝ビラ撒き。
自民党県議団控え室に、休園反対、恩寵園存続方針決定についてのお礼。自民党花沢三郎議員による「4月1日以降の恩寵園の存続を求める」代表質問を傍聴。
県社会部に園の存続を求める要請行動。
中児審委員遠藤さんが県へ恩寵園の存続を求めて要請行動。
夜、船橋勤労市民センターにおいて「休園反対緊急集会」を開催。数多くの参加者が集まり、成功裡に集会を終える事ができた。(この間こども達は、極めて元気であった。支える会はよる年波のせいか、かなりヘバリ気味であった。)
3. 8 千葉県警捜査一課と船橋東署が、「強制ワイセツ」の容疑で元職員で園長大浜浩の次男大浜晶を逮捕。
ダンボール箱3箱の資料を押収。容疑事実は96年4月に13人のこども達が、児童相談所に園長の非道さを訴えた以降の事であり、県が恩寵園は正常化したとして、こどもの措置再開を決定した後で行われた事を考慮すると、何度言ってもしょうがないのですが、県の調査能力はサビついているとしか言いようがありません。
全養協福島会長、最首新理事長に休園撤回の要請。
3. 9 最首理事長、県を訪問。休園方針を撤回し、4月1日以降の恩寵園の存続を確約する。
ただし、改善計画等は、まだ提出できる状態にないので、後日提出することとなる。
3.10 損害賠償請求訴訟
11人のこども達(成人3・未成年8、男3・女8、児相駆込6・以外5)と恩寵園弁護団が、千葉県と法人と前園長大浜浩を被告として、総額1億1千万円の訴訟を起こした。卒園生達の人権と人間としての尊厳を回復するための裁判として考えています。ご支援お願いします。
3.12 こども達と支える会とで、船橋駅で、休園を止めたお礼のビラ撒き。
赤十字の献血呼びかけの方達がマイクを遠慮してくれ、「応援しています、頑張ってください。」と言われた。感謝。高校生が駅と駐車場を結ぶバスに乗ってきて、千円のカンパ。とても嬉しかった。
その後、船橋東署に行き、大浜晶逮捕のお礼をすると同時に大浜前園長の捜査についてもお願いをした。
3.13 こども2名と山田由紀子弁護士と浦島菊代が、全国児童養護問題研究会の緊急学習会に参加。
恩寵園の現職員とあった。
3.16 卒園生と支える会、県庁前ビラ撒き。

 ここ数週間の出来事は、私の人生の中でも忘れられない日々になるだろうと感じています。とにかく県と法人の方針が、日々クルクルと猫の目のように変わり、それに対してすぐ行動を計画するという状態で活動していました。とにかく、こども達の休園は許さないという気持ちに応えたいという想いだけで、頑張って来られたと思っています。
 こども達は、とても元気です。法人が廃園を前提とした休園方針を打ち出した時、弁護団と支える会の会合の中で、とにかく裁判を闘い抜くことが先で、休園はやむを得ないのかなという雰囲気がありました。こうした雰囲気を、園の中では最もヒドイ虐待を受けていたこどもが、一言のもとに、「休園はダメダ」と言い切りました。
 支える会の方針は単純明快で、卒園生が頑張るのなら支える会も頑張る。ただ、この一点のみでした。休園阻止を求めて、2月29日からの連続行動を開始しました。この間の一連の行動を支えてくれた皆さん、どうもありがとうございました。4年間にわたる恩寵園問題の第2章の終わりの最終局面に差しかかっているのかなと思っていますが、法人側から改善計画が出されるまで、安心することなく頑張るつもりです。しかし、この後、第3章や第4章は、もうなしにして欲しいものです。

2、何故、休園に反対なのか


 沢山の方から、どうして休園(廃園を前提とする)に反対なのかという質問をいただきました。弁護団との会議の中でも、そうした議論があったのは、既に御紹介いたしました。
 私達が休園に反対する第一の理由は、「卒園生が、休園に反対しているからです。」既に述べたように、最も過酷な虐待を受けてきたこどもの口から園を潰す事には反対であるとの意思表明がなされているのです。
 どんなに辛い思い出であっても、卒園生にとって恩寵園が自分の生きてきた証なのです。卒園生の一人は、休園決定の放送が流れた日に大変な勢いで電話をかけてきました。「本当に恩寵が潰れちゃうの。そんなのダメだよ。もし潰れちやうのなら、思い出でに写真とか取っておかないと。」と連絡をくれました。報道特捜プロジェクトにも出演した子は、「休園を止めるまで浦島さん頑張って。」とメッセージをくれました。
 弁護団との会議での議論を多少紹介しますが、山田由紀子弁護士は休園反対の立場でした。後で、「これで、もし休園になってしまったら、何だか最後の最後に負けてしまうという気がする。」と話しをしてくれました。大体「外部勢力がうるさくて、園を休園すると言う理由じたいが許せないことです。とにかく卒園生達がみんな園は存続して欲しい、自分たちに何かあった時に、気楽に行ける園に変わって欲しいという思いがある以上、支える会として、こども達を支えるのは当然の事です。
 第二に、千葉県における養護施設への措置状況がありました。2月16日の千葉県社会部の改善勧告資料の8枚目に2月1日現在の措置状況という文書がありますが、それによれば、千葉県全体の養護施設の定員が799名。それに対して、その時の措置人員数が、766名です。この状態で恩寵園の70名の定員が休園によって無くなってしまったら、40名近いこどもが、4月1日以降に生活する場を失ってしまう事になります。
 私は、千葉県が無理やり措置を解除して、その後大変な苦しみの中で生きてきたこどもを目の当たりにして来ました。彼等の辛い生きざまを再度見たいとは思いません。「人間には誰でも幸せになる権利」があると思っています。そうした権利を法人と千葉県が大人の勝手で再度踏みにじるのは私にとっては耐えがたい事だったのです。(現実に、千葉県は「恩寵園の在園性の措置解除に動いていた。」)

3、どうしたら、児童福祉法(公的扶助制度)を千葉県が理解するのだろうか

 憲法に定める生存権の保証(公的扶助)の2本柱は生活保護法と児童福祉法というのは社会福祉を学んだものであれば一番最初に教わる事です。人間として最低限の生活を享受するために定められた法のはずです。千葉県は前回の訴訟の際にそうした法理論を楯に、措置費の執行を正当と主張していたはずです。それが、都合が悪くなると即、こどもの生活を保証できる可能性が薄い保護者に引き取りを強要するような事をするのでしょうか。
 現に保護を必要とするこどもがいるにも係らず、そうしたこどもの措置を解除してまで(法違反をしてまで)県が守るべき何かが恩寵園にあるのでしょうか。私には全く分からない世界です。どうして、今現在保護が必要として、県が認定したこども達を養育が困難と分かっている親元に無理をして送り返さなければいけないのか。誰かこの疑問に答えてくれる人がいたら教えてください。
 どうして、こんな違法行為(法の受任者=千葉県がそれを行っている。)が罷り通るのか、誰か私に教えてください。

 4、恩寵園をこどもにとって最高の園にしたい


 私の妻は、元養護施設の保母でした。私も若い頃沢山の園の子供と話しをしました。その園では、今でも卒園生がいろいろな悩みや、人生の壁を感じた時に、職員に相談に行ったりしています。私にとっての養護施設というのは、そういう感じのものなのです。
 日本という国の中で、あるこどもはそういう権利を享受できて、川を一つ超えた地域では全く異なった処遇が行われていると言う現実は、法のもとの平等を説く現在の法理論の中では全く許されないことです。卒園生の一人は東京のある施設を見学に行って「ここは養護施設ではない」と感想を語っています。
 私はただひたすら、こども(卒園生)たちにとって居やすい、日本でも有数の施設に恩寵園が変わってくれる事を望むだけです。皆さん是非とも御支援お願い致します。