トップ アイコン    千葉恩寵園裁判資料
判 決 文
 解 説
カウンタ
from 2000/1/30



裁判所が認定したこと


 恩寵園の措置費返還訴訟は、敗訴しましたが、裁判所は、それ以外の虐待の事実などは全て認定しました。被告である千葉県知事沼田武は、勝訴したため、控訴して虐待の事実を争うことはできません。控訴しなければ、恩寵園における虐待の事実は確定します。裁判所が何を認定したのか、判決文では判りづらいので、整理しました。
 なお、この解釈は私エドワードの解釈です。解釈が違っている場合は、御指摘下さい。(文責:エドワード) 

主な認定項目

  • 恩寵園園長及び職員の、園児に対する体罰及び肉体的・精神的虐待を17件認定した。
  • 体罰を受けた園児に問題行動があったとしても、体罰及び肉体的・精神的虐待が「行き過ぎた」といった程度を越える、児童養護施設の長として絶対に行ってはならない違法な行為である。
  • 千葉県の指導は効果がなかった。
  • 千葉県の指導後も、4件の体罰及び肉体的・精神的虐待を認定。
  • 千葉県知事は、子供たちが集団脱走した平成8年4月5日前後の時点で、法人恩寵園に対し、園長の解職を含めた指導体制の改善を勧告すべき義務が生じた。
  • 園長の解職を含めた指導体制の改善勧告をすべき状態は、平成9年4月以降も継続していたものと認められるのであるから、千葉県知事が勧告をしなかったことは違法であった。
  • 千葉県知事に園長に対して解職勧告を発すべき義務があっても、措置費について園長の人件費相当分の減額を行うべき義務が発生するとはいえない。
  • 千葉県知事が、法人恩寵園に対し、恩寵園における体罰等の再発を抜本的に防止することを目的とする園長の解職を含めた指導体制の改善を勧告しなかったとことが違法だからといって、措置費の内の園長の人件費に相当する部分を減額しないで措置費を支弁したことが違法な公金の支出にあたるとは認められない。

詳 細

争点1 平成7年8月23日以前における園長による園児に対する体罰及び肉体的・精神的虐待の存否

  1. 恩寵園では、園児に対して厳しい生活規律を課し、園児が口で言っても規律を守らない場合には、体罰を加えることによって規律を守らせる必要があるという方針で指導が行われていた。

  2. 日時及び園児を特定することはできないものの、園長(及び他の数人の職員)は、長年にわたって、園児に対して

    1. 園児の態度が悪いと、ライターを点火したまま園児の腕に近づけて恐怖を与え、職員が制止しても笑いながら続け、さらにその子が足のひっかき傷を押さえていたティッシュに火をつけた。
    2. 性器を触っていた男児に、「そんなことをするオチンチンならばいらない」とズボンを脱がせ、性器にはさみを当て、恐怖のために男児を失神させた。
    3. いたずらをした園児に、「そんなことをする手はいらない」とはさみを動かしながら脅し、実際に園児の手を切って出血させた。
    4. 小学生の園児が、恩寵園で飼っていた鶏を遊具の高い所に持って上がった際、鶏が暴れて墜ちて死んでしまったところ、鶏が可哀想だから死骸を抱えて寝ろと命じ、この園児はタオルに包んだ死骸を枕元において寝させられた。
    5. 園児の服の着方が悪いと、服の袖などを刃物で切った。
    6. 園児の顔面を殴りつけ、大量の鼻血を出させた。
    7. ポルノ雑誌を持っていた園児の手足を椅子に縛り付け、雑誌を開いている格好をさせてポラロイドカメラで写した。
    8. 朝鮮人の児童が入所し、朝鮮人であることを隠して日本名で生活していたにもかかわらず、「お前は朝鮮だ」となじり、その子が泣くと「朝鮮人の泣き方だ」と揶揄した。
    9. 罰として園児の頭髪の一部のみをバリカンで刈って見せしめにした。
    10. 罰として園児に二四時間眠らせないで正座をさせたうえ、食事もさせず、トイレにも行かせず、園児がトイレに行きたいと言ってもこれを許さず、園児に対し、他の園児の前で排尿せざるを得なくした。
    11. 幼児である園児を乾燥機に入れたり、明かりのついていない小さな部屋に閉じこめて外からたたく等して怖がらせた。
    12. 熱いお湯にのぼせるくらいまで無理矢理浸からせた。
    13. 罰として頭髪の一部を残してバリカンで刈った。
    14. 高校生の女子の園児を、下着だけの姿で立たせた。
    15. プロミスリングを足につけていた園児を見つけた際、他の園児を集め、その園児を机の上に寝かせ、包丁をふくらはぎに当て、足を切断するまねをして足を切り出血させた。
    16. 罰として園児を麻袋に入れ、吊した。
    17. 規則に違反した服を着ていた園児の服をはさみで切った。

    等の体罰及び肉体的・精神的虐待を加えていた。

  3. 職員も園長(及び他の数人の職員)の体罰を止めることができなかった。

  4. 園長の管理主義的教育観とそれを実現する手段としての体罰を肯定する思想が恩寵園における園長(及び他の数人の職員)による体罰等の根底にあったものと認める。

  5. 園長の教育観及び体罰肯定の思想が、児童福祉施設最低基準の「児童福祉施設における生活指導は、児童の自主性を尊重し、基本的生活習慣を確立するとともに豊かな人間性及び社会性を養い、児童の自立を支援することを目的として行わなければならない」(44条1項)とする理念・教育観と相容れないものである。

  6. 例え体罰を受けた園児に問題行動があったとしても、体罰及び肉体的・精神的虐待が「行き過ぎた」といった程度を越える、児童養護施設の長として絶対に行ってはならない違法な行為であることは明かである。

争点2 県の法人恩寵園、園長及び職員に対する指導とその効果

  1. 千葉県知事が県職員をして行わせた指導・措置にもかかわらず、次のような事態が発生したことが認められる。

    1. 園長は、平成8年2月4日、千葉県児童福祉施設協議会のマラソン大会の際に、低学年の園児が顔に痣を作っているのを見つけ、その園児を参加させないと言いだし、職員が参加させて欲しいと頼むと、その子を参加させないか、園児全員を参加させないかの選択を職員に迫った。
    2. 平成8年4月2日、三人の園児が屋上で遊んでいたところ、園長が立てかけてあった梯子をはずさせて降りられないようにし、2時間余り放置した。
    3. 平成8年4月1日に園児と担当保母の部屋割りの発表があったが、部屋割りの仕方を巡って職員らと園長との間で対立が生じ、職員らが園児に対し、退職する意向であることを伝えるとともに、児童相談所に相談に行くことを勧めたことから、園児らは、園長の体罰等から守ってくれていた職員が退職してしまうことに不安を感じ、4月3日から5日にかけて、園児13人が恩寵園を逃げ出して県内4か所(市川、柏、銚子、千葉)の児童相談所に駆け込み、園長の体罰等を訴えた。

  2. 園児が逃げ出したことを受けて、県の児童福祉課課長補佐が平成8年4月11日に恩寵園を訪れ、園長に、
    @体罰はしない、
    A指導については、第一義的には職員にまかせる、
    B職員との共通理解を深めるために、積極的に話し合いの場を設ける、
    C子供の自主性を育てるために、自治会活動を行う
    ということを園児及び職員に対し約束する旨の文書を作成させ、提出させた。
     また、平成8年4月24日以降平成9年9月5日までに千葉県知事が県職員をして行わせた指導等の内容は前記のとおりである。

  3. しかしながら、(前記の県の)指導等にもかかわらず、次のような事態が発生したことが認められる。

    1. 平成8年5月1日、九名の園児が知事に対して手紙を書き、恩寵園では体罰が行われていたこと、園長が謝罪したが信用できないこと、園長を辞めさせて欲しいことを訴えた。
    2. 平成8年4月以降同年8月頃までは、園長が直接処遇を行わなくなったこともあって園長による体罰等はなくなったが、職員による体罰等を背景としない処遇体勢を整えることができなかったため、園児たちが次第に荒れていき、無断外泊や喫煙、職員への暴力など問題行動を起こすようになった。
    3. 職員は右事態に対応することができず、事態の収拾を図るため、園長に、園児を直接処遇するよう依頼し、園長は再び園児の直接処遇にあたることになった。
    4. 平成8年10月13日、園児が職員と話をしているうちに、「こんな所にいたくない」と言って手で壁をたたいたところ、それを見た園長が、その園児の顔を拳で殴って鼻血を出させた。
    5. 平成9年3月に2名の職員を除く全員の職員が退職した。
    6. 園児○○○○○は、平成9年4月以降、園長から、
      @幼児の部屋で幼児の面倒を見ていた際、部屋に入ってきてお尻をけ飛ばされたり、
      A恩寵園の電話を使用したことについて頭を叩かれたり、
      B友人らが恩寵園に来た際、その友人らに対し帰るように言われたり、また、友人らを送ろうとした際、外へ出たら高校を辞めさせると言われたりしたことがあった。

  4. 県職員が平成7年11月27日から平成8年4月5日までの間に行った指導等によっては、恩寵園における体罰等を肯定する姿勢の是正及び指導体制、児童指導観等の改善を実現できなかったものと評価せざるを得ない。

  5. 県職員による指導によって、一時的とはいえ体罰等が行われなくなったことが認められ、また、法人恩寵園も園長が理事長を兼ねないようにするために理事長を交代させたり、園長の減給処分を行ったりする等それなりの対応をしていた事実はあるものの、園長が再び園児を直接処遇するようになった時点から再び体罰等が行われるようになったことが認められるのであって、そうしたことからすると、県職員が行った指導等によっても、園長の体罰等を肯定する姿勢の是正や体罰の発生を防止する為の指導体制、児童指導観等の改善を抜本的に改善することはできなかったものと評価せざるを得ない。

  6. 千葉県知事は、恩寵園においては、体罰等はなくなった旨主張し、現に、県は平成9年10月13日から、恩寵園に対する新規児童の措置を再開しているが、園長が園児を直接処遇するようになってから平成9年4月以降にも園長による体罰等が行われていたもの認められるのであって、その後再び体罰がなくなったとしても、県の指導によって恩寵園に体罰等を防止する体制が確立された結果であると断定することはできない(弁論の全趣旨によれば、年長の園児の何人かが教護院に送致されたり、親に引きとられたりして、年長の園児の数が少なくなったことも体罰が行われなくなった原因と推認される)。

争点3 被告が園長の解職を求める改善命令を発しなかったことが違法か
  1. 児童養護施設における運営に関する最低基準の内容及び知事の権限は認定したとおりであり、童養護施設内で体罰等が行われている状態が運営に関する最低基準を充足していないことは明かである。

  2. 県職員による指導等がなされたにもかかわらず、子供たちが集団脱走するなどの事態が発生していること、園長の体罰等の態様、体罰等が偶発的に生じたものではなく、園長の管理主義的教育観とそれを実現する手段としての体罰肯定思想に基づくものと考えられること等を合わせ考慮すると、知事である被告としては、右指導等によって体罰等発生の根底にあると考えられる「体罰肯定の姿勢」や体罰等の発生を防止するための「指導体制、児童指導観等」の改善を図ることが困難であることは容易に予測することができたのであるから、遅くとも園児が集団で恩寵園を逃げ出したことを知った時点、即ち、成8年4月5日前後の時点で、法人恩寵園に対し、体罰等の再発を抜本的に防止することを目的とする、園長の解職を含めた指導体制の改善を勧告すべき作為義務が生じたものと解するのが相当である。

  3. このことは、(子供たちが集団脱走するなどの)事態が発生した後に行われた指導等にもかかわらず、(知事への手紙や職員の総辞職などの)事態が発生していることからも首肯することができる。

  4. 園長の解職を含めた指導体制の改善勧告をすべき状態は、平成9年4月以降も継続していたものと認められるのであるから、千葉県知事が勧告をしなかったことは違法であったと認めざるを得ない。

  5. なお、改善命令は「施設の設置者がその勧告に従わず、かつ、児童福祉に有害であると認められるとき」に命ずることができると規定しているのであって、千葉県知事にいきなり「改善命令」を発すべき義務があるとは認められない。

争点4 違法性の承継(園長の解職を求める改善命令を発しなかったことが、措置費を支出したことの違法性を基礎付ける事実足りうるか)
  1. 月額保護単価の設定方法については、次官通知の細則である課長通知においては、「交付基準の事務費の保護単価に含まれる管理費及び職員の本俸等は、所長その他の職員の「本俸基準額表」が添付されていることからすれば、事務費の算出根拠の一つである月額保護単価を算定するにあたり、「職種別職員定数」や「本俸規準額」が要素とされていることは否定できない。
     しかしながら、措置費の額の算定方法は、措置費に職員等の人件費という要素が含まれていたとしても、措置された児童の数を基準として算定されるものであるから、仮に園長に解職されるべき事情があったとしても、当然に園長の人件費相当分の減額を行うべきとの結論を導くことはできない。

  2. 童福祉法施行令六条は、
    ・施設が「事業の停止を命じられたとき(一号)」
    ・「認可を取り消されたとき(二号)」
    ・「法もしくは法に基づいて発する命令またはこれらに基づいてなす処分に違反したとき(三号)」
    には、国は地方公共団体に対し交付した負担金の返還を命ることができると規定しているものであって、右規定の準用が考えられるとしても、法人恩寵園が「命令」及び「処分」は現になされていないので、措置費について園長の人件費相当分の減額を行うという主張を採用することはできない。

  3. 通達「社会福祉施設における運営費の運用および指導について」は加算費を減額することを定めたもので保護単価そのものを減額することを定めてはいないのであるから、千葉県知事に園長に対して解職勧告を発すべき義務があっても(或いは、仮に解職命令を発すべき義務があったとしても)、通達に依拠して、措置費について園長の人件費相当分の減額を行うべき義務が発生するとはいえない。

  4. 措置費の性格、算定根拠、原告らが指摘する法人恩寵園の「債務不履行」は、千葉県知事の監督権の行使としての指導や改善勧告等によって解決するといった代替手段があることから、債務不履行を理由に減額はできないものと解するのが相当である。

争点5 損害額
以上によれば、千葉県知事が、法人恩寵園に対し、恩寵園における体罰等の再発を抜本的に防止することを目的とする園長の解職を含めた指導体制の改善を勧告しなかったとことが違法だからといって、措置費の内の園長の人件費に相当する部分を減額しないで措置費を支弁したことが違法な公金の支出にあたるとは認められない。

 よって、原告らの請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。