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労働組合の園長退職要求決議
カウンタ
from 2000/1/26


 何故、私たちは園長の辞任を求めるのか

全国福祉保育労働組合 千葉支部 恩寵園分会


T.「指導」の名を借りた虐待行為
残念なことに、養護施設の恩寵園では長年にわたり、大浜浩園長による子供達への身体的・精神的虐待が「指導」という名を借りて行われてきました。私たちは、以下に列挙する数々の事実と、そのような行為を止め切れないことに、日々悩み心を痛め続けてきました。

  1. 子どもの態度が悪いと、ライターを点火したまま子どもの腕に近づけて恐怖を与えた。 職員が止めるよう訴えたが、笑いながら続けた。さらに、その子が、足の引っ掻き傷を ティッシュで押さえていると、そのティッシュに火を点けた。
  2. 性器を触っていた高学年の男の子に「そんな悪いことをするオチンチンならばいらな い」と、ズボンを脱がせ性器にハサミを当てた。そのため、その子どもは、恐怖のあまり失神した。
  3. いたずらをした子に「そんなことをする手はいらない」と、ハサミを動かしながら脅 かして、本当に子どもの手を切って出血させた。
  4. 園で飼っている鶏を小学生の男の子が、遊具の高いところへもって上がったところ、 鶏が暴れて落ちて死んでしまった。その後、鶏が可哀想だからと、子どもに死んだ鶏を 抱えて寝るように命令をしたため、子どもはタオルに包んだ鶏の死骸を枕元において寝 ることになった。
  5. 千葉県児童福祉施設協議会のマラソン大会に、子ども同士のじゃれあいで顔に小指の 爪ほどの薄いアザができた低学年の男の子を、参加させなかった。理由として、「県や 児童相談所の職員に、アザを見られたら何を言われるか分からない」、県から「子ども 同士のケンカであっても、けがをさせてはいけない」と指導されているからと、説明を した。職員がその子どもの参加を求めたところ、全く聞き入れないばかりか、マラソン 大会にその子を参加させないか、園全体の参加を取りやめるかの、無茶苦茶な選択を迫っ た。
  6. 男の子が屋上で遊んでいるのを見つけて、立て掛けてあったハシゴを指導員(園長の 息子)に外させ、降りられないようにした。その日は、雨も降っており寒い日であった が、「座っていろ」と命令をして、屋上に2時間もの間放っておいた。
  7. 1の男の子が、他の部屋に入ってボール投げをして遊んでいたところを園長に見つ かる。室内でボール投げをしたこと、他の部屋に入ったこと、態度が悪かったことから、 園長はその子に"自分の部屋を出て行くのか"または"他の部屋の子どもになるのか" という無理な選択を迫った。子どもがきちんと謝っているにもかかわらず、それを聞き 入れずに、何度謝りにいっても部屋の選択を迫り、子どもを困惑させた。
  8. ゲームボーイを持っていた子が、そのことをなかなか認めようとしないからと、その 子の指導として真夜中にすべての子どもを起こして、誰がゲームボーイを隠し持ってい たのかと全ての子どもに迫り、関係のない子どもまで巻き込んだ。また、その子が嘘を ついたと、木の棒で頭を叩き出血させた。
  9. 冬に男の子たちが、おふろの排水口を塞いでお湯をため遊んでいることに怒り、子ど も達を裸のまま外に立たせた。そして、体が冷えきっているのに、なかなか室内へ入れ なかった。
  10. 子どもの服の着方が悪いと、洋服の袖などを刃物で切ってしまった。
  11. 居室が散らかっているからと、子どもの物を取り上げてごみ袋に入れて焼却炉で燃や してしまった。
  12. 小学生の男の子が足にプロミスリングを付けていたことについて、小学高学年以上の 子を集めた。その目の前で、テーブルにその子を寝かせて押さえ付け、「こんな足はい らない」と足に包丁を押し当て出血させた。
  13. 員が子どもに食事の仕方について注意をしていたところ、途中から介入してきて子 どもに態度が悪さを指摘した。それに反発した子どもに腹を立て、顔面を殴りつけ大量 の鼻血を出させた。
  14. 子どもが「ポルノ雑誌」を持っているのを見つけ、その子の手足をいすに縛り付け、 雑誌を開いたまま動かないようにして、その様子をポラロイドカメラで写した。その写 真を笑いながら、担当の保母に見せた。
  15. どもが、いたずらをしたことに怒り、麻袋に入れて木に吊るした。
  16. 食べるのが遅い中学生の食器を幼児用に代えてしまった。また、食べるのが早い幼児 のペースに併せて食事をするように強要し、その幼児より遅いと、そこで食事を止めさ せた。
  17. 子どもに罰として、24時間眠らせないで正座をさせたばかりか、食事もさせず、ト イレにも行かせなかった。その子はやむを得ず、他の子の前でズボンのまま排尿するし かなかった。
  18. 無断外泊をした子どもに対して、バリカンで髪の毛の一部を刈って見せしめとした。19. 問題を起こした子どもを、部屋から追い出して、何日も廊下で寝かせた。
  19. 特定の子どもにだけ無理な学習課題を課して、出来ないと叱り、さらに課題を増やし てその行事に参加させないなど、精神的な苦痛を与えた。
  20. 通知票の保護者の印鑑は園長に通知票を見せて押してもらうことになっている。問題 を起こした子どもには印を押さないでおいて、通知票に印の押してない者は園行事など に参加できないとした。
  21. 通知票の保護者の印鑑は園長に通知票を見せて押してもらうことになっている。問題 を起こした子どもには印を押さないでおいて、通知票に印の押してない者は園行事など に参加できないとした。
  22. 子どもの頭を叩く。
  23. 子どもが問題行動を起こすとすぐに「お前は措置変更だ(=教護院へ移すぞ)」と言っ て脅かす。
  24. 生活指導ということで、直ぐに学校を休ませる。
  25. 園長の質問に答えられないと、一日中、立たせておいたり、食事をとらせなかったり する。
  26. 進路の相談中に子どもを質問責めにして、答えられないとそこから話を進めない。い つまでもそのことにこだわり、子どもは精神的に負担をかけられて、円形脱毛症になっ た子どももいる。
  27. 幼児に食事中の態度が悪いと足を踏み、さらにいすを引いたためにその子は転んで頭 を打った。そのために、その子はしばらく、食事の時間になると園長が怖いと食堂に行 くのを嫌がった。
  28. 子ども同士のケンカで顔にアザを作った中学生を、体裁を考え、風邪という理由付け て休ませた。
  29. 学校の部活動への参加を、なかなか認めない。
  30. 食後のテーブル拭きをきちんとしないと、テーブルクロスを外して、そのテーブルの 配膳をさせなかった。
  31. 中庭でのサッカーを全面的に禁止して、子どもの遊びを制限する。
  32. 雨の中で遊んでいた子どもが、注意をしても謝れなかったと、「親元への帰省をさせ ない」と脅かした。
  33. 竹刀で頭を叩き出血させた。
  34. 廊下を走ったからと、30分以上の正座をさせる。
  35. 子どもが園長に謝りに行ったとき、そばに引き寄せるのにおなかをつねる。
  36. 園のバスで外出する際に、子ども達が乗降しているにもかかわらず故意にバスを発車 させたり、急ブレーキを多くかけ、安全面にかける。
  37. 夏休みのソフトボールの練習中、問題を起こした子どもを参加させなかったり、炎天 下を4時間も走らせた。
  38. 年度の部屋替えの発表のとき、問題を起こしたことのある子どもに、部屋の所属を 教えず居場所をなくして、子どもを精神的に追い詰めるようなことをした。
  39. 子どもが園長のところへ話に行ったとき、威圧的・拒否的な態度をとり、子どもが萎 縮して話を出来ないまま立ち尽くすと、子どもが話が出来ないことに対し責めたてる。
  40. 無断外泊を繰り返した子どもに、竹刀かバットで叩く場所を自分で選べと強要した。 子どもが腕を選ぶと、手加減する事なく竹刀で叩き腕が腫れ上がった。
  41. 子どもに向かって親・兄弟をばかにする言葉を浴びせて、子どもの心を傷つけてきた。42. 施設にくる前の生活で、ライターの火による虐待を受けたてきた子どもに対して、謝 らせるときに度々ライターの火を近づけて強要した。
  42. 子どもの措置変更(教護院への移動)を園長の独断で決定し、担当職員や子ども本人 にも何の説明もないままに、子どもは教護院へ移動させられたため、子どもの心は深く 傷つけられた。

 これらの「指導」に名を借りた虐待行為にたいして、園長自身の反省は見られませんでした。そして、子ども達の心の傷は益々深くなっていたのです。


U.県の指導後も変わらなかった園長
 昨年の9月に、県や児童相談所からの恩寵園の養護に対する改善の指導が始まりました。しかし、園長から職員に対しては、何の説明もされないままでした。
 職員から園長に話し合いを求めると、「保母は、レベルが低いから分からないだろう」「今回、こんなことになったのは、内部告発をした者がいるからだろう」と、問題の本質をごまかし逃げる姿勢しか伺えませんでした。
 やっと設けた職員会議の場で示された園長の体罰に対する見解は、「子どもにも原因があり、そこまで私を追い込んだのは、保母の指導力不足である」というものでした。園長の体罰問題は、保母・指導員に原因があるという責任転嫁を行ったわけです。
 また、保母や指導員が精神的・身体的にゆとりを持つことで体罰は改善できるので、そのことも含めて児童相談所の指導を受けると説明がされました。「県からの指導があったので、園長の子どもに対する直接的な指導はしない」と、園長から職員に報告がされました。しかし、その後、園長はそのことを全く守ってきませんでした。
 物理的な体罰=虐待は減ったものの、理不尽なことを子どもに強要する精神的虐待・いじめが増えていきました。そのことに職員が意見を述べると、必ず「園長の権限だ」と押し切られ、さらに退職強要をほのめかす言葉まで出されました。職員も、精神的な苦痛と屈辱の中で働き続けることになっていました。
 子ども達の悩みや苦しみのメッセージと理解できる問題行動(万引き・無断外泊や外出など)について、私たちが取り組みを進めているにもかかわらず、園長は決まって「県からの指導で、処遇困難児は措置変更するように言われている」と発言を繰り返してきました。その言葉には思いやりのかけらも感じられず、子どもも保母も、脅かされているとしか思えませんでした。このように園長の言葉の暴力を受けることは以前より増え、子ども達が、落ち着いた生活を送ることは難しい状態が続きました。
 職員に対しても言葉の暴力は、繰り返されました。「給料どろぼう」「あなたを副主任に選んだのは人事のミスだった」「わたしに逆らうなら、辞めてもらってかまわない」「あなたは、わたしに意見するのか」など、職員も園長から威圧され傷つけられることが多くありました。
そのような中で、私たちは子どもを園長からひたすら守ることに徹してきました。


V.非民主的な園運営
 4月1日の新年度発足にあたり、職員の人事や子供達の部屋替えの発表がありました。保母・指導員15名中(内3名は新任職員)11名が園長の提案に疑問を持ちました。提案のままでは、今までのように子ども達を守ることができず、子ども達はますます園長の独断的で威圧的な姿勢の中での生活を強いられると、私たちには思えました。
 新年度に向けた事前の話し合いは、園長・指導員(園長の息子)・主任・副主任(2名)の5名により、数回にわたって行われてきました。しかし、職員の人事や子どものグループ編成は、園長の専権事項であり、発表されるまで私たちには分からないことです。
 発表された提案について、異論があれば会議を開き話し合うことになっていまし。そこで、保母と指導員とで会議の開催を、園長にお願いにいきました。ところが、「人事権は園長の権限だ」と言い張り、考え直す余地はないと言うことでした。私たちは、このままでは子どもを守ることができないと強く思っていましたので、何度も頼みましたが取り合ってもらえませんでした。最後には、「(この案で)出来ないなら外れてよい」「辞めてもらってよい」という発言が園長からされました。
 その後、4月3日の子ども達への発表は、園長の初めの提案のままであることが知らされました。しかし、発表の直前になり、副主任だけが呼ばれました。そこには、主任と園長の息子である指導員がいました。主任から、人事を多少変更してはという意見が出され、園長は主任の提案を受け入れて話し合いを進めました。しかし、提案の改善は中途半端なものであり、私たちの危惧を根本的に解決するものではありませんでした。 
 最終的に、最初の案か発表直前に作られた案の、いずれかを選ぶことを強いられました。しかし、私たちはどちらを選んでも、子どもの為にはならないと考えていました。
 私たちは、保母全員で相談をする時間をもらい話し合いましたが、いくら考えても答えを出すことは出来ませんでした。どちらを選んでも、子ども達を見放すことになるからです。だからこそ、無力感にさいなまれながらも、何か方法はないかと考えました。
 私たちは無力感に打ちのめされて、辞職する意志を園長に伝えました。


W.子ども達の抗議
 子ども達は、通常4月1日に行われる部屋替えの発表が3日にずれ込み、一体何が起こったのかと心配し始めていました。私たちは、「子ども達が安心して暮らせるように話し合っている」と伝えてきました。
 多数の保母に辞職の意志があることを知った子ども達は、次々と園長・主任・晶指導員に、自分たちの気持ちをぶつけにいきました。大人の都合できちんと対応してもらえず、今まで我慢してたものが怒りとなってあらわれました。
 子ども達は、児童相談所へ助けを求めて駆け込みました。
それは、私たちにとっても衝撃的なことでした。児童相談所に多くの子どもが保護されたことは、私たちにも責任があると感じました。子どもの気持ちを無駄にせず一番に考えていこう、私たちの気持ちは一致しました。辞職願いを、全員が撤回しました。


X.県や児童相談所との話し合いで
 その後、毎日のように、児童相談所や県の児童家庭課の職員との話し合いが続きました。子ども達に「安心して暮らせる場になるまで戻らない」「園長先生が辞めるまで戻らない」という強い意志があることが分かりました。
 子ども達は当たり前のことを望んでいるのに、今までそれができていなかったこと、そして、園長による子どもへの虐待行為やいじめについて、話し合う機会をもちました。ところが、園長は自分の行ったことについての反省の言葉はなく、言い訳ばかりでした。そのような状況であるにもかかわらず、園長を助けるかのように、児童相談所の一部職員による体罰を容認する残念な発言もありました。また、子ども達は園長が怖くて戻れないでいるのに、子どもの気持ちを無視して、何の改善もされていない園に早く戻すようにとする意見もありました。
 そうは言っても、新学期が始まり子ども達は心配になり、学校へ行きたいという思いも出てきました。その頃になっても園長は変わらないままで反省をみせるどころか、園にも姿を見せず、園としての善後策を話し合うことも出ませんでした。ある時の会議に久しぶりに出席した園長の発言は、またもや、自分へのした行為への反省の言葉もなく、大人同士のコミュニケーションの問題で子ども達にいやな思いをさせたということでした。
 私たちは、学校へ行きたがっている子ども達を迎えるために、改善を求めて園長に条件を提示しました。

  一.体罰はしない
  一.直接処遇をしない
  一.保母と話し合いの場を持つ
  一.自治会活動を認める
 この前提として、子供達への謝罪がある

園長が、自ら打ち出したものは一つもありません。


Y.子ども達の願いに応えない園長
 子供への謝罪の場において、園長が本心から謝っていないことは、誰の目にも明らかでした。子ども達に「謝罪」するその時、園長は笑っていました。ひどい仕打ちをして苦しませた子どもの前で笑っていました。
 戻ってきた子ども達は、そんな園長の気持ちを敏感に感じとり、園長の謝罪も全く信用していませんでした。何時、体罰をされるのか、またきっと前のようにおびえて生活する日がくるに決まっているという気持ちが強まっていました。
 既に、守られていない約束もあり、子ども達の不信感は募るばかりです。
ある子どもは、園長と話をしたいと、勇気を持って自分の気持ちをぶつけました。その子に対して、「体罰はしない、でも、その原因を作らないでほしい」と言いました。「園長先生に、辞めてもらいたい」と言う子には、「建物を建て替えるお金を貸してくれる人がいる。それは、皆の生活をよくする為だから、最後までやり遂げさせてほしい」と、子どもの気持ちを踏みにじりまともに応えない発言を行っています。
 子どもは真剣でした。園長に対して"きっと心から反省してくれる"という期待があったのでしょうが、帰ってきた返事は余計に子供を傷つけるものでした。
お金のことや建物のことを聞いても子どもは嬉しくありません。本当に聞きたかったのは、園長の心でした。
 学校へ通いたい一心で戻ってきた子ども達の心に、園長の返事は大きな心配と不安を広げました。園長が何を考えているのか分からず、「今後のことを考えると不安ばかりが大きくなり、大好きな学校だったが、今は学校にも行きたくない」と話す子どももいます。 恩寵園では園長という立場は、子どもに与える影響が大きいのだから、子どもの気持ちを分かってあげてほしい。


Z.私たちの願い
 大浜園長は、自らの行動を振り返り謙虚に反省して間違いを修正するという、福祉の職にある人間として重要な事から逃げています。この園長の元では、子ども達が傷ついた心をいやすことはできません。健全な人間形成ができるとは、考えられません。
 子ども達への体罰や人権侵害を繰り返した方が、施設の管理運営の責任者であり続けていては、社会的に見ても恩寵園が生まれ変わろうとしているとは理解してもらえません。恩寵園は批判の嵐の過ぎるのを待ち、今回も抜本的改善をしようとしていない受け止められ、新たな批判さえ生れています。社会的に目に見える形で責任を明らかにするためにも園長の辞任は避けられないことです。
 体罰を繰り返し、非民主的な運営を続けてきた園長に、私たちは信頼も支持も寄せることはできません。園長が留任することは、子供達の夢と希望を育める恩寵園を築くために全ての職員の力を一つに結集することの阻害要因となり、これからの施設運営の一層の困難と混乱の原因にすらなります。
 私たちは、大浜園長の体罰や「指導」に名を借りた虐待行為から、子どもを守ってあげげられなかったこともあり、とても責任を感じています。二度と同じような悲劇を繰り返さないためにも、養護施設の園長としての資質にかける大浜園長の辞任を強く求めるものです。