一 審 判 決 メ モ
大濱浩 判決メモ 投稿者:星のまたたき 投稿日:2001/07/29(Sun)
00:24 No.799
- 7月27日の判決メモです。佐登志さんの報告と重複するところがありますが、読んでください。(長いです)
大濱浩判決メモ
主文
- 被告人を懲役8月に処する
- 未決拘留日数90日を刑に算入する
- 訴訟費用は被告人の負担とする
罪となる事実
- 被告人は千葉県の児童養護施設「恩寵園」の園長であった。
- 平成6年9月18日午後4時ごろ、恩寵園の植込み付近にて当時7歳の園児Hに対して、刈込鋏でHの左手小指を挟んで切りつける暴行を加え、全治10日ないし2週間を要する障害を負わせた。
- Hの左手小指のV字形の傷が、被告が刈込鋏で故意に生じさせたものか、誤って生じたものか。
- Hの小指の傷は、根元部分がわずかの隙間しかなく、その傷の形状において、小指が刈込鋏の刃に挟まれた上、刃の閉じる力が加わって生じたものと考えるのが自然であり、被告が手にしていた刈込鋏の刃先部分ではなく、根元付近で挟まれて生じたものである。
- このような障害は、被告が供述するような行為によって生じるとは考えられ
- 難く、被告が意図的に刈込鋏でHの小指を傷つけた事を示している。
- Hが傷を負った経緯や具体的状況についての証人の供述は相互に食い違いを見せている。
- H、T、Iが被告が刈込鋏でHの指を傷つけた旨の供述をしている。
- H(主任保母)及び被告は、被告が剪定作業をしている時に誤って、Hの指に当たって切ったとの供述をしている。
- 人が体験した事実を数年経過した時点での記憶喚起には、経年による、記憶の変容、劣化が生ずるのはごく自然である。年令、立場、当事者との人的関係周囲の状況に応じ、特に印象的な事実のみを記憶し、他は欠落したり、変容することが十分ありえる。
本件は平成6年に発生した事件であり、Hらは6年前の事実関係を供述する事が求められている、当時小学1年生であったH、小学生だったT、Iについても、その記憶の変容、劣化が生ずるのは自然である。各供述者が記憶を忠実に供述していれば、各供述に食い違いがあるのは自然であり、不自然、不合理でなければ、その供述の信用性に影響を及ぼすものではない。 反面、人の記憶のあり方に反するような詳細、具体的な供述は、特段の事情がない限り、今の自分の記憶を忠実に供述していない疑いが濃厚である。
H、T、Iの各供述
- H、T、Iの供述はあいまいな部分があるが、本件の事実関係の細部である
- 本件の事態の推移の概略は明確であり、被告人の言動など印象的なことは相当具体的な供述がされている。そのあいまいさは、先述の人の記憶のあり方から見て、不自然ではない。
- H、Tの各供述は、時刻、遊んでいた人数、芋畑に裸足で行ったか、などに食い違いがあるが、男子部屋全体で鬼ごっこをしていて、裸足でベランダに出た事を、外にいた被告に見咎められ、植込みと新館の間付近に連れていかれ、そこで被告人が刈込鋏を手に持ち、刃を開閉しながらH等のほうに向かって来た。Tらは逃げたが、逃げなかったHは被告人から刈込鋏で手を切られたというものであり、事態の推移に関する供述は具体的に一致し、不自然ではない。
- 受傷直前の被告人の行為や位置関係への供述は、開いた刃を閉じることによって発生するHの傷の形状という動かし難い事実と矛盾せず、合致している。
- Iの供述は、H、Tの供述と時間、場所など食い違っているが、芋畑にある植込みの傍でHが被告人から怒られ、被告人がH自身に指を刈込鋏に入れさせたか、被告人がHの指を入れたか覚えていないが、Hが被告人から刈込鋏に手を切られたという、主要な事実に関して一致している。
- Iについては、H、Tともに本件の時にIはいた記憶がないと述べている。
しかし、Iが述べる事件の記憶喚起の過程について、不自然なところがなく、Iは、同園退職後、介護の勉強をし、他施設に再就職をし、供述時は同園退職後3年の時が経過していたことから、今更あえて被告人に不利益な虚偽供述をしなけれなければならない事情が全く見当たらない。また供述態度を見ても、記憶にあるところ無いところを明確にし、記憶があるところは、他の関係者がどのような供述をしていても、はっきりと自分の記憶を供述し、記憶が劣化しているものは、何とか記憶を喚起しようと努め、それでも駄目なときは、その旨供述するなど誠実な供述姿勢が示されている。
内容についても、Iが事件当日午後に同園で勤務していた事は裏付けがあり、掃除の時間になったので、外で遊ぶ園児を呼ぶために芋畑の方に行き、本件を目撃した経緯は自然である。 被告人が「こんな手いらないよな」と言った点はTが被告人が「こんな足いらないよな」と言った事と、手と足の違いがあるが、体を刈込鋏で傷つけるという発言があったことと一致している。
- H、Tは事件現場にIがいなかったと供述しているが、当時のH、Tの年令からすれば、成人に比べ、視野が狭かったこと、Iが現場に行ったのは、手に刈込鋏を持った被告人がHを怒鳴る直前であり、H,Tにすれば、手にした刈込鋏の刃を開閉しながら向かってくる被告人に注意が向けられ、Iの存在に気付かない事は十分考えられる。
- また、当時きがついていても、手にした刈込鋏を開閉しながら向かってくる被告人という特徴的な事に最も強い印象をもち、それが記憶に濃く残り、Iは何もできず、Hの受傷した後、Hを被告人から預かっただけで、治療行為もしていないいというのであり、H等にとっては、特に印象に残るような行動をとっていなかったのであり、相当な時間経過がある、今、その記憶がH、Tの記憶から消えていてもおかしいことはない。
主任保母の供述について
- 主任保母は、本件当日の経過等について、その記憶に全く欠けるところなく、極めて具体的鮮明に、詳細に供述している。その内容自体が先に述べた人の記憶のあり方から不自然である。
- 記憶喚起の過程について、主任保母は、平成12年2月に警察官から事情聴取された時には、Hが怪我をしたことも、その治療をした事も覚えておらず、同年6月初旬検察官から事情聴取された時には、6年以上前のことで正確な記憶に基づき供述できないと思い、事情を話す事を断った。同年8月に、家族で軽井沢のプールにいた時に子どもの何気ない「けち」という一言がきっかけで、徐々に本件のことを思い出した、と言う。
- 記憶喚起の経過自体が不合理であり、納得しえるものではない。また、メモ、日記など記憶を喚起するのに有用な手段は全くなく、本件について記憶を詳細、鮮明に呼び戻すことが出来たのは、通常人が努めて喚起できる記憶の域を越えている。
従って主任保母の供述は、記憶喚起の経緯、内容に照らして信用できるものではない。その供述を前提としての弁護人の主張は理由がない。
被告の供述
- Hの受傷状況が被告の述べるとおりとすると、Hの左手小指の切創痕の形状や、被告とHとの身長差に照らし、Hの左手小指が被告が剪定作業に使っていた刈込鋏の内側にどのように入ったか理解できない。せいぜい刃の外側がHの左手小指に当たる事態が生じる。内容的にみて客観的事実と合致しない不合理なものである。
- 被告は本件の事実関係を良く覚えていないと供述している。先に述べたように、一般的に相当期間の経過で記憶の劣化が生じるのは当然である。
しかし、児童養護施設の園長であった被告人としては、親から預かった幼い園児に自らの不注意により、現在も明確に傷の残るほども切り傷を負わせたというのは、園の最高責任者たる重責を負う者が、様々な園児とのかかわりの中で犯した格別大きな失態として、後々まで記憶に残ってしかるべき出来事と考えられる。記憶の劣化の程度は、事件当時、年少者であったH、T及び、直接の当事者ではなかったIと比しても少ないと考えられる。しかしそれらに比してあいまいな供述しかできていない。不自然である。
更に、連絡のとれるHの親権者に対して、その事情説明をするのが自然な流れであるが、そのような措置を全く取っていない。 被告人の供述は信用できるものではない。
- 以上のところから、Hが傷を負った経緯や具体的状況等の認定は、客観的に動かし難い事実の、Hの左手小指の切創痕の形状、基本的に信用できるH、T、Iの供述を中心にして、その他の関係証拠を総合して認定する。
- 本件当日午後4時ごろ、H、Tは男子部屋で鬼ごっこをしており、裸足でベランダに出るという規則違反を犯した。フェンスの外にいた被告人に咎められ、怒った被告人に芋畑に連れていかれた、被告人は、新館裏付近にある植込み付近で、手にした刈込鋏の刃を開閉させながらHのほうに近づき、Tは逃げ出したが、Hは逃げ出せなかった。被告人は刈込鋏の刃先をHに向けて迫り、その刈込鋏の根元付近にHの左手小指を挟んで、切りつけ、Hに、全治約10日ないし2週間を要する左手小指切創の障害を負わせた事実が認定できる。
- 以上によれば、被告人が傷害の故意をもって行為に及んだ事実を認定でき、疑いを挟む余地は全くない。
量刑について
- 県から委託を受けて運営されている児童養護施設「恩寵園」の園長として、家庭の事情等からやむなく、同園に身を寄せている児童の健全な育成のために、自ら園児の指導に当たると共に、職員を統括して運営する立場の被告人が、同園で生活していた当時7歳の男子児童の左手小指を刈込鋏で挟んで切りつけ、傷害を負わせたものである。
- 被告人は児童養護施設の園長として、在園児の指導監督の面から、園の規則違反をした児童に対して、律するべく、厳しい注意、叱責をする必要があるということは理解できる。他面で、社会的に弱い立場にある在園児同を守るという極めて重大な責務を負っていた。当時小学1年生で思慮分別が乏しい在園児同が裸足でベランダに出るという些細な規則違反に、戒めとして刈込鋏で傷害を負わせた。
これは懲戒権の行使の範囲を著しく逸脱した反社会的な犯行である。その動機や経緯に酌量の余地は全く無い。
- 犯行を見ると、抵抗する術のない幼い児童に対し、刈込鋏の刃先を向けて迫り、その両刃で左手小指を挟んで切りつけた、極めて卑劣かつ危険なものであり、悪質な犯行である。
- 被害児童は全治10日間から2週間の傷害を負わされ、その傷跡は今もなお痛々しく残り、当時小学1年生という幼い児童が、被告人から刈込鋏の刃先を向けられて迫られた際に受けた恐怖感、精神的衝撃の大きさは計り知れない。本件が生育過程に与えた悪影響も懸念され、結果は重大である。
- しかし、被告人は操作段階から一貫して誤って被害児童を傷つけてしまったという不合理な弁解に終始しており、Hや親権者に対して何ら慰謝を講じていない。
- 児童養護施設の園長という最高責任者が在園児同に凶器で傷害を追わせたという事件である。これによって児童養護施設に対する信頼が、相当程度失墜させられたことも明らかである。
- 社会に与えた衝撃が大きく、児童養護施設の本旨に照らし、同種事件の再発はあってはならない。その防止の為にも、被告人に対して厳しく対処する必要がある。
- 被告人の刑事責任を軽くみることはできず、前科前歴が全くないこと、3ヶ月余り拘留されたこと、広く社会に報道されたことにより、被告人が社会的制裁をそれなりに受けていることなど、被告人の為に量刑上斟酌する事情を十分考慮しても、本件が刑の執行を猶予するに相当な事とは言えず、主文のとおりの刑に処する。
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